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最終更新日:2021年6月29日
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ナイトは2012年4月12日、愛知県の水族館から運ばれてきました。年齢は0歳、体重は30kgに足らない小さな体で、そのかわいさに思わず顔がほころんでしまうほどでした。担当を任された私は、動物を一からトレーニングできる喜びと、うまくトレーニングして楽しい演技ができるようになるかという不安が、心の中で交錯しました。
動物たちの本来の行動を強化して、トレーナーの指示で行うようにすることがトレーニングです。それがいくつかの種目、行動でできるようになると何とかショーが成立するのです。ショーに出て活躍するようになるにはたくさんの課題を乗り越える必要があります。今回は、ナイトがデビューに至るまでの知られざるトレーニングの世界をご紹介します。
連れてこられたナイトの1つ目の課題が、新しい飼育環境に慣れて、餌を食べることでした。動物も環境の変化に弱い種や個体がいて、移動直後は一時的に餌を食べることすらできなくなる場合もあります。ところがこのナイト、全く動じずに餌をパクパクと食べてくれました。一般的に水族館や動物園で生まれた動物は人慣れしていて飼いやすいといわれています。ナイトも水族館生まれなので、この課題は問題なくクリアしました。〝餌″は動物のトレーニングにとって重要な意味を持ちます。動物のトレーニングを行うには「正の強化」という方法を用います。正の強化とは、トレーナーが求めている行動をした直後に動物に〝餌″を与え、その行動を繰り返し出現させるようにする方法です。つまり、「餌を食べること」がトレーニングを開始できる条件になるのです。
2つ目の課題は、演技ができるようになることです。イルカライブに出演するには、いくつか演技を覚えなくてはなりません。まず私が教えた演技は〝握手″です。トレーナーが右手を出すとナイトが右前ヒレを差し出す演技です。右手を差し出しても初めから握手をしようとすることはありません。トレーナーは目標の演技を細かな段階に分けて少しずつ教えていきます。〝握手″という行動は「人の手に触れる」という行動と「ヒレを動かす」という行動に分けることができます。トレーナーの右手が差し出されたら、「触れる」「動かす」という行動をすれば餌がもらえることを学習した結果、トレーナーの右手に右前ヒレで握手するという演技が完成します。さらにこれに「振る」という行動を加えて教えれば、手を上げ振り続ける〝バイバイ″という演技につながります。このように1年間トレーニングを重ねることで約10種目の演技を覚えました。
3つ目の課題はステージに出ることです。ナイトが生活している飼育舎はイルカライブステージのすぐ横にありますが、来園者からは見えない所にあります。ナイトにとっては、ステージに出ることも、イルカを見ることも、さらに観客を目にすることも全てが新しい経験なのです。初めてナイトをステージに出そうとした時は失敗に終わりました。物音がしたり、イルカが近くに来たり、観客が動くだけで警戒し、すぐに飼育舎に帰って出てこなくなってしまったのです。いつも生活している飼育舎が一番安心できる場所なのです。外部から刺激が加わってもステージにいることに対して餌を与えることで、少しずつステージにいる時間を延ばしていきます。するとだんだん警戒心もほぐれてきました。ところが、今度は餌を飼育舎に持ち帰り、餌を投げて遊ぶことが多くなりました。餌の強化子、つまりご褒美としての効力が薄れてきたのです。
多分、ステージにとどまらせるために餌を与え過ぎたのが原因なのでしょう。皆さんも、大好きな食べ物が目の前に出てきても満腹の状態であれば食べたいと思いますか? 動物にとっても同じです。お腹が減っているから餌が強化子として作用するのです。私たちは1日の餌の量を見直しました。もちろんやみくもに餌を減らすわけではありません。動物たちを健康に保つことも重要な仕事です。体重を毎日チェックしてその増減を把握し、減らしすぎないようにします。特に、ナイトはまだ成長期ですから、体重は増やす必要もあるのです。私たちが栄養士の役割も果たしているのです。
このように、たくさんの課題を乗り越えて、ライブデビューを果たします。ステージに登場し、たくさんのお客さまからの声援を受けたときには親心のようにうれしいものです。
『うみと水ぞく』2013年6月号8ページ「スマスイ、ニューヒーロー誕生」より
掲載内容は2013年6月時点の情報です。
作成者注:カリフォルニアアシカのナイトは、南知多ビーチランドに転出しています。
世界の動物園・水族館で最も多く見られ、アシカショーで活躍するアシカは本種が多い。オスは体長2〜2.5m、体重250〜450kgに達し、メスは1.8〜2メートル、体重70〜100kgと雌雄で体格差が大きい。アシカはよくアザラシと間違えられるが、後肢を使って泳ぐアザラシと違い、アシカ類は大きな前肢を使って泳ぐため容易に見分けられる。繁殖期は5〜6月で、オス同士が縄張りをめぐって争い、勝ち残ったオスは複数のメスを抱えてハーレムを形成する。食性は肉食で、魚はもちろんイカ、タコも食べる。当園では現在サバ、アジ、シシャモ、イカナゴ、ホッケなどのさまざまな魚種を与えている。アメリカでは保護対象となっているが、漁業に悪影響が出るほどに増えると駆除される対象となる。(『うみと水ぞく』2013年3月号スマスイ生き物図鑑)
生息地域(北東太平洋,北米大陸太平洋沿岸,ガラパゴス諸島近海,カリフォルニア湾.)
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